8月 今月の言葉「第一念」と「第ニ念」/佐藤康行

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最近、「真我の実践会」というのをやっていると、また凄いことになり始めています。

人間の意識の使い方、人間にはまだ使っていない、もっともっと凄い能力があります。

この人間の意識が言葉になり、行動になり、人に影響を与え、そして運命となって自分に戻ってくるのです。この意識の使い方を私が言う「真我」の部分でやっていけば、凄いことになります。

人間が今まで、できなかったことができるようになるのです。

 

私は30年間それを見てきたのです。意識の世界です。どの意識を使うか。その人間の意識の使い方についての話をします。意識とは、念の世界です。思考は現実化すると言われますが、その念は、大きく分けて「第一念」と「第二念」があります。

 

電車や車、また空を飛ぶ飛行機、あれは誰が作ったのでしょう? 本当に人間が作ったのでしょうか? 当然、誰かが描いたものが形となってできたわけです。あれは、本当に人間が作ったのでしょうか? 多分、みなさん「人間が作った」と思うかもしれません。でも、アルミニウムは? ガソリンは? 木は? と言われたら、人間が作ったものじゃないですよね。また、その人間を作ったのは誰ですか?

 

私たちは、脳で色々なことを考えていますよね。じゃあその脳を作ったのは誰ですか? と尋ねられたらどう答えますか? そのアルミニウムだとか、石油だとか、元々地下にあったものです。人間も元々は、人間が作ったものではありません。

 

だから、物事を創造する、創り出すというのは、第一念、第二念のように、「第一創造」、「第二創造」と言ってもいい。その観点からとらえるのと、人間が思ったこと、人間が創造したもの、建てたもの全部人間が作ったんだというのとは全然違うわけです。発想が全然違うわけ。出てくる知恵も変わってしまうわけです。

 

私たち人間は、お父さんお母さんが出会って愛し合ってあなたができた。おじいちゃん、おばあちゃんがいて、またお父さんお母さん両方のおじいちゃん、おばあちゃん、またさらに両方のおじいちゃん、おばあちゃん。結婚するまでは自分で決定したけど、そこから先、あなたができたのは第一念なのです。出会うまでは、第二念の自分の意思で決定する。そこから先、あなたが誕生したのは第一念、神が創った創造なわけです。

 

自分の中に、過去の失敗癖だとか、過去の因縁だとか、そういう業・カルマとか、人間のうまくいかない心。それが出てきて、思考が現実化したら、何をやっても失敗して、その通りになっていきます。だから、思ったことが全部実現するのです。それを成功哲学と言うなら、失敗する人も成功なわけです。思った通りになったのだからです。

 

食べ物を口から入れるまでは自分の意志で入れますが、いったん口に入れたら、ここから先はもう人間の、私たちの思考じゃないですよね。栄養分を吸収して、要らないものは前と後ろから出てくる。全部そういう完全な仕組みになっているわけです。

 

よく「潜在能力開発法」というのがありますが、私から見ると「ゴミを開発する」ということです。泥棒が潜在能力を開発したら大泥棒になるかもしれない。昔、戦争で人殺しのために鍛えて、潜在能力を開発したら、大変強い人ができる。しかし、終戦になって、そんなことをやったら犯罪になって、何の役にも立たなくなる。それをビジネスに置き換えて、戦争の時のやり方しか知らない人がリーダーになったり、社長になったら、ダメなやつは張り倒せばいいんだと思ってやっているのがパワハラです。

 

潜在意識を開発するのではない。その奥に「真我」があるのです。これが第一念。それ以外は第二念。普段は、理性という蓋をしています。人間はなるべく感情的になったり、怒ったりしたら、相手と喧嘩になったりして、後から仇を討たれたりするかもしれない。だから一応、冷静なフリという蓋をしなければいけない。蓋をしているから、業やカルマの力の方が本当は強いことがなかなかわからないわけです。どのように扱っていいかわからないわけ。本音なのかどうかわからない。

 

蓋を取って、トントントントントンと掘ると、真我の愛が出てきて、業・カルマが消えるんです。

まさに因縁を切るというのはそういうことです。特に過去に対するとらえ方が変わるから、エネルギーが変わる。そうすると、外界のものから引き寄せるものが変わり、恐ろしいほど運命が変わっていく。過去も未来も現在も同時に変えることができる。それが真我の世界。

 

どうして真我の世界に突き抜けられるのか? それは、「人間の思い」や「思念」は存在していないからです。あなたが過去に色々体験したこと、経験したことの記憶が残っていても、それは存在していないのです。だから、因縁とか業・カルマも存在していないのです。その因縁、業・カルマが存在すると認めた時に、それがまた現れてくるわけです。

 

真我を開発するというのは、その人間の中にある「第一創造」を開発するのです。

そうしたら、その第二創造である、第二念の心が変わって変化してくるわけです。

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