でも、私はセールスになった一つのきっかけは、人格を磨くことでした。
人間性を高めることです。
けんかをするというのは、人間的にまだ未熟だということなのでその時に、心を切り換えました。
私の営業妨害をしたこのセールスマンに、責任を取ってもらおうと思いました。
責任を取ってもらうというのは、買ってもらうということです。
「今日中に」と期限を決めました。
明日は顔を見たくなかったので、「絶対今日中に買ってもらうぞ」と。
人のことを馬の骨とか石ころと言った人間に、死んでも殺されても、何が何でも買ってもらうと決めたんです。
とは言え、脅かして売るわけにはいきません。
気に入られて買ってもらうしかないわけです。
私は最大の作り笑顔でニコッとして、
「先輩、いろいろ教えてください。私は未熟なんです。今日1日同行させてください」と、自分を下に置きました。
車のドアをパッと開けて、たばこを出したらパッと火をつけて、最大の賛辞を捧げて、心にもないようなことを言いました。
「先輩、教えてください」「おまえ、営業はこうするんだよ」「さすが。違いますね」と、最高に持ち上げて、ずうっとついていきました。
ずうっとついていったら仕事が終わって、家までついていきました。
そこには、奥さんと子供がいました。
家に入れてもらって宝石をセールスしたのですが、いつ追い出されるか分かりませんから、
追い出されそうな雰囲気になったら、子供の話題を出しました。
「何々ちゃん、かわいいいねえ」って。
子供の話題を出すと、みんな子供がかわいいから、話がまた続くのです。
「奥さん。こういうかわいいお嬢さんに、何か残るものを考えてますか?
お金なんかちょっとぐらい残したって、使ってしまえばパーですよ。
着物や洋服なんか、古くなって子供は着てくれませんよ。
流行もあるし。
その点、本物の宝石は流行なんてないんです。
何億年とかかってできるものですから、人間より先輩ですから。
お母さんがこれを普段からずっとしてて、これがいずれお嬢さんの形見になった時に、お母さんが指輪をはめているのをずっと見てるんです。
だから、お母さんの一部になっているわけです。
そして、人から『あら、きれいな指輪ね』と言われたら、『これはうちのお母さんの形見なの』と、その度にお母さんの名前が出てくるじゃないですか。
お母さんに言われたこと、叱られたこと、褒められたこと。
その指輪を見る度にお母さんを思い出すんです。
時にはその指輪を見てて涙が出てくることもあるんです。
そして、ずうっと代々残っていくんです。
それを形見と言うんです。
形見というのは、うんと早目に買っておくんです。
死ぬ間際に買うものじゃないんです。
お母さんの指にはめてるのをずうっと見てて、お母さんの一部になるんです。
こんないいものないじゃないですか。
宝石というのは、ダイヤモンドだったら預金の通帳より上がるんですよ(当時)。
他の国がワーッと攻めてきたら、土地は持っていけない、家は持っていけない。
お金は他の国じゃ、通用しない。
その点、宝石はそのまま持って逃げられるからいいんですよ」
全知全能を懸けて宝石のセールスをしました。
その時も、汗をびっしょりかいてセールスしました。
相手に全く買う気がなくても、こちらがそれを飛び越して全力で価値を伝えていけば、だんだん心は動くんですね。
昼間の11時から夜の11時ぐらいまで。
「今日中に」という期限は残り1時間、ラストスパートです。