わたしがこだわっている「前提」ということ

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私がこだわってたのは、「前提」という言葉です。

前提。

お月さんは三日月にしか見えないけど、お月さんは常に真ん丸で、大きな球体だという前提。

三日月を見ながら真ん丸と言えるか。

小さな三日月を見ながら、大きな球体と捉えれるか。

見える世界と実際の世界は違うわけです。

これを人間に置き換えて、人を見て「あの人はこんな人、この人はこんな人、どんな人」と評価をするけど、そんな人ではないんです。

そんな人なんかいないんです。

その人が評価するその人であって、あんな三日月の月がないように、「あんな人、こんな人」はいない。

月は真ん丸の大きな球体である、という前提。

どんなに雨で、雲で太陽が見えなくても、太陽はいつも煌々と輝いているという前提。

ここでやってることは、そういう事なのです。

そのことだけで、医者でもないのに病院をやっっているのです。

寛解率は薬使わないで95%です。

真我というこの言葉、二文字。

この二文字で全ての頂点なのです。

真我を引き出すことによって病気が寛解していく。

全部この真我、本当の自分。

これは、皆さんが思っている本当の自分ではありません。

もともとある本当の自分なのです。

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