今、この時!

 

この度、学長の天啓により誕生し、昨日公表された「佐藤康行の分身1000人プロジェクト」

その発表と同時に、全国から続々とご登録をいただいています!!

学長に出会い、真我に出会った私たちには、もともと大きな使命があった――

そう感じながらも、どこかで「その時」を待っていたのかもしれません。

 

しかし今、その時が来ました!

 

私たち一人ひとりが、真我を発信する“佐藤康行の分身”として目覚める時が。

1000人が一斉に真我を発信することに意識を向けた時に、その愛のエネルギーが全世界に届き、そして実際の行動を通して、人類の意識そのものが変わっていく――

そう確信せずにはいられません。

 

今も、チラシ隊の方々が街で配られているチラシから、外国の方々が次々と英語版『ダイヤモンドセルフ』を申し込まれています。

見えないところで、真我の光が世界へと広がっているのです。

 

そして今、AIを通じて学長の声が、

英語で、韓国語で、中国語で――未来内観として響き渡るようになりました。

まさに「今」。

地球規模で真我に目覚める瞬間です。

この歴史的な時代に立ち会っていることに、心の底から感謝せずにはいられません。

 

 

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『 満月を前提にする』

 佐藤康行

お月様は真ん丸というのも認識

満月を見て

脳で受け止めた真ん丸なのだ

正しく言うなら「認識」

 

人間の認識とは全く違う実体がある

それが実相であり真我なのだ

 

人間の認識とは全く違う実体がある

それが実相であり真我なのだ

ゆえに月は真ん丸

月は完全

月は無限

という前提に置く

 

空を見て「宇宙」と言う

でもわたしたちの目に見える

宇宙に過ぎない

ロケットで行けるところまで

究極に行ったとしても

その上の空を見上げると

さらに宇宙は無限にある

 

その無限は

人間の認識ではとらえられないのだ

だから 

真なる満月は 

認識もできないし 

触ることもできない 

 

ここから見たら月が真ん丸だからといって 

それが正しいわけではない 

だから、前提に置く 

だから 

神は無限であるという前提に置くしかない

わたしが前提という言葉にこだわるのは

そういうわけなのだ

 

その無限という前提に置いたなら

可能性も無限になるのだ

真我は無限だから果てが無い

だから前提に置く

無限をここまでといったらそれは有限

認識はどこまでいっても有限なのだ

人間の真我を何と見るか 

人間が人間を自分のレベルで評価する 

そういうレベルではない