真我瞑想の凄さ 〜その2〜

 

※今から20年以上前に、真我瞑想コースを受講された方の体験談をご紹介致します。

 

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(昨日のつづき)

私が私の人生を喜びいっぱいで生きること。それが母にとって最高の喜びなのだと心から思えた瞬間でした。

自分の心を偽り、宗教の愛を知識だけで他人に示してきて、本心に向き合うことをせず、母は私の人生、私は母の人生を背負うという、恐ろしいまでにお互いに依存をし、偽善的な愛という方法で自分の人生から逃げていたのです。

 

そしてその時、自分でも思いもよらぬ言葉が口から出たのです。

『もういらない。この体はもういらない。』

実は、私がこの講座に初めてきた時、佐藤先生、スタッフの方々、受講者の方々までもが、何故私の体にこだわるのか、全く私にも理解できませんでした。

体を受け入れている私にとって、心と体を引き離そうとするこの講座の方々に、むしろこの瞬間までどこかで嫌悪を感じていたのです。

 

しかし、絡まった意図が解けた時、私は治りたくなかったんだ。なのに佐藤先生は治していく。だから嫌悪を感じていたのだと初めて分かりました。

 

それからです。私の心が体に向き始めたのは。

ゴムと杖を捨てる!

この8年間で何百回もあらゆることを試み、痛みで寝込んだ経験から絶対にできないという思いしかありませんでした。

 

その時、佐藤先生は、『あなたはあなたの体を自分のものだと思っているから外せないんだ。体は神だよ。完全なんだ。』

 

私の中で物凄い衝撃が走りました。しかし、この「天使の光コース」まで来ても、私は神を愛を感じられていませんでした。

懇親会で、めそめそしている私に『ゴムを外しなさい。意思の力も必要なんだよ。』と先生はおっしゃいました。

自宅に戻っても動けなくなり、また寝たきりになるという恐ろしさにどうしても外せません。

 

真我瞑想の前日でした。懇親会で『死ぬわけじゃないんだから。』と笑われた先生のお顔が浮かびました。そうだ、今までずっと仮面をかぶってきた。もう嫌だ。たとえ寝たきりになっても真我で生きた方が何千倍も幸せだ。

 

(つづく)