※セミナーでの受講生と学長の質疑応答より
質問者:「自分が漕いでいる船の向きを変える」という話を学長から聞いたことがあります。もう一度詳しく教えてください。
学長:川は上から下に海に向かって流れているでしょ。でも船を、自分は山に向かって行くことが自分は一番良いことだと思って、人からも聞いて、そう思っていた。
そして一生懸命に山に向かって漕ぐわけ。それが一番幸せだと思っているわけ。
すると疲れ果てて、流れと反対だから、それが原因で病気になって、人のせいにして、トラブルに遭って、全然進まないじゃない、反対に流れてるじゃないかと。
そうなった時に、疲れ果てて、オールを放したら海の方に向かっていった。実は、海でも山でも大自然で、山に行かないといけないと思い込んでいただけなのです。でも、それを放したときに流れがあったのです。最も楽な、力の要らない流れがあったのです。
向きを変えただけです。
だから、これは向きを変えることだけなのです。向きを変えることだけなのです。私はずっと手を変え品を変え言ってきたけど、向きを変えることだけなのです。
神に向きを変えるだけなのです。
神だけに向きを変えることなのです。だから私は天に合掌して「あなたのいうとおりにします」と言ったのは、全てを失ってもいい、あなたの言う通りですから。
そうやって自分一人で誓ったのです。だから最も楽な世界です。最も楽な世界に焦点を合わせるということです。
船の向きを変えたら勝手に流れていくけど、変えるまでは自分の意思の力が必要ですね。反対に漕いでいたのだから。
食べ物を口まで入れるのは自分の力ですが、あとは全自動で勝手にやってくれる。向きを変えるのは自分の力で、神に協力をしないといけない瞬間があるわけです。
質問者 2 :観自在と神自在について教えてください。
学長:私が質疑応答でやっているのは、観自在ではなく神自在なのです。
あくまでも絶対に神からブレずにそこから全部答えているのです。ものの考え方の話もしてないし、ものの考え方を教えてくれる人は世の中にたくさんいます。
それは観自在です。
それはいろんな体験をして、いろんな本を読んで覚えている。それは観自在です。そういう人もいます。私はそれではないのです。
絶対的に神としてブレないで、どんな質問がきても神として答えている。そこから一切ブレないでやるのが神自在です。
私の体験談が誰かに通じるとは限らないのです。誰かの体験談、松下幸之助の体験談が皆さんに通じるとは限らないのです。
それは彼の人生であり私の人生なのです。それぞれの人生だから。でも神自在は万能なわけです。あなたは神、あなたは完璧と言っているのだから、自分の話ではないから。
あなたは何の問題もない、素晴らしいのですよと言っているのだから、自分の話じゃないのです。
だから誰にでも通じる話なのです。
いろんな人の話をしているけど、皆んなに通じる話、体験談ではなく、体験談をきっかけに、神として答えているだけなのです。誰にでも通じるのです。


