答えは一つ

 

※学長セミナーの講話より

 

学長:「分かる」という言葉は、私たちの脳内の中で理解するということです。 分かった。理解できました。それでもないです。それでもない。 

「分かった」というのは、この命の部分、生命、この宇宙のこと。 分かったというのは、脳内の中の小さい入れ物に理解不能な大きなものを入れて 「分かった」というふうになります。 

そういう面で言うと、「分かった」ということが一番分からないことに通じることだと思います。 

皆さんが理解できるか、できないか。 私も含めて、ある意味じゃ無視をして進めていくのが大事じゃないかなと思います。

そういう面で、この宇宙創造ともいうべき、 宇宙の誕生から 138 億年で、誰がどのように調査したか分かりませんけど、そう言われています。

事実はどうかは別として。「誕生する前は、何だったんだろうな」という普通の疑問があります。 地球は 46 億年と言われています。 

その中の私たち人類はほんの数万年。ほんの数万年。 ですから、その意味では数万年は一瞬とも言えるでしょう。 

私たちが思う、この毎日毎日生きているこの時間、一瞬の中の、一瞬の中の一瞬。 瞬きもできないぐらいの一瞬かもしれません。人生そのものが。 

私たちが、この生命、命、そして誕生して、そのことを、生きてるというよりも、 この心臓、血液の流れ、この皮膚の入れ替わり、細胞の一つ一つ。 70 兆の細胞の一つに国会図書館ぐらいの情報が入っていると言われています。

ですから、命のもとのもとである、命の根源である、そこから学ぶ、 そこに合わせるということが大切なことだと思います。 

そこで大事であり邪魔なことは、私たちの考え方や感情や、いろいろなものが邪魔になってきます。 そのもとのもとから捉えていく。 

答えは私たちのこの生命そのものに、 全ての答えが隠されているというふうに思われています。 

私たちの、例えばこの歯そのものも、菜っ葉を食べる歯、犬歯で肉を食べる、穀物を食べるというように、明らかに雑食だということは、 ある程度、歯の中に答えがある。

馬や草食動物、また穀物を食べる動物と肉食。 当然、牙、歯が違います。 

その中に私たちの体、命は、そのように生きてきて、 またこれからもそうなっていくというふうに、答えが表されていると思う。 

 

それは考え方ではありません。 男の体、女の体、そこに答えがあると。 そして、精子と卵子そこに答があると思います。 

そこに答えがあるのに、答えを二重にしてはいけないと。 

 

答えはただ一つ。 

 

その観点から見ていくと、私たちが今まで思い込んでたこと、信じていたこと、どこかで学んだこと。 そういうことが当然やはり、もし、そういう誰かの考え方をもとにしたものだと、 それを基準にしてみたら、いつまでたっても分からない可能性がある。 

私たちは、過去学んできたものを、どうしても基準にして物事を考えたがる癖があります。