※10年ほど前のスタッフと学長との質疑応答より
学長: 本当の自分を知ることだ。変わらないあなたと変わるあなた。その絶対変わらないあなた。それを「真我」という。
あなたの心、あなたの肉体は全部変わっていく。あなたの心も肉体も1秒前とは違う。先ほどのあなたと今のあなたとではすでに違うであろう。だから、その変わるものを自分だと思うといつも心が休まらない。
さらに、自分の心も心配だが。人の心まで心配になる。その人を愛すれば、さらに心配になる。愛するものは離したくないから、さらにさらに心配になる。ゆえに、心は常に落ち着かない。
常に揺れ動き、不安で仕方なくなる。このように、生きていることも苦しみになる。だから、釈迦は「生、老、病、死」の四苦の中に「生きる苦しみ」を入れているのだ。いっときも休まない心で、この喜びを、この幸せをこの豊かさを留めておきたいと願う。
愛するあの人を留めておきたいと願う。留められたら、幸せを感じることができるとそう願う。でも、留めておくことはできないのだ。なぜなら、心は、一時も休むことなく、常に流れゆくものだからだ。
私たちの肉体もいっときも休んでいないのだ。今この瞬間にも変化している。あなたの肉眼では見えないかもしれないが、肉体は常に衰え、死にまっしぐらである。この瞬間も髪の毛も伸び、爪も伸びている。肉体ばかりか、人の心も常に変化している。
心はあらゆるものに影響され、そして、変化している。もし、あなたが末期がんを宣告され死を宣告されたとしたら、瞬間に目の前が真っ暗闇となるであろう。しかし、それが誤診だとわかった途端、あなたは飛び上がって喜ぶ。最初から、癌はどこにもなかったのだ。
これで、私たちを苦しめているものの本質が心であることがよくわかるはずだ。ゆえに、流れゆく、変わりゆくものを自分と思うと、休まるときがないのだ。肉体を自分と思うと、いっときも休まる時がない。心を自分と思うとさらに休まるときはない。
真我こそが本当の自分。これしかない。この道しかない。変わりゆく姿はいっときたりともその存在はないから「無い」のである。
無いものを自分と思わないことだ。


