※今から10年ほど前のスタッフと学長の質疑応答より
学長: 神鏡(神の正反射)でカルマが薄れる。その、真ん中には神という存在がいる。こちらの神を通して向こうの神が反射し、そして自分の神に反射し合う。
そうするとカルマが消えていく。ただそこにいながら、神に気づいていく。場所はどこでもいいのだ。
それが皆できるようになる。なぜなら、全てが神しかないからだ。大宇宙が広がっている。そこに「記憶」がスクリーンのようにある。これは人間の積み重ねの記憶である。
向こうを見た時に、向こうにある神が反射してくる。そうするとここに映っている姿が変化してくる。
自分の神に反射して、カルマが消えていくのだ。それは、例えて言うなら、雲に穴が開いていて向こうの太陽が見えている。その太陽の光は自分の中にもあるのだ。雲を「夢、幻」だとする。
太陽が反射したときに、この雲という「夢、幻」が消えていく。太陽の光の前に消えていくのだ。そして、自分の太陽の光と向こうの太陽の光が反射し合う。
そうするとこの雲という「夢、幻」が自動的に消えていくのだ。このカルマという雲の中に自分が立っているとする。この雲の中の一員が自分だと、この雲の中に世界があると。
その世界の中に自分も入っていると思っている。地球も雲の中にあるとしている。雲の中の地球に立っている自分がいる。こっちを見たら、こっちに雲があり、あっちを見たら、あっちに雲がある。
自分が見たそこが自分の世界になるのだ。雲だけを見ている。だから、「太陽があるよ」と言っても、その雲から抜けられない。雲の中だから。どういっても雲があると思っている。
神という存在が雲の前に立ったら、その雲が透けて見える。神はその雲の前に立って透ける役目なのだ。神がいるから、透けて見える。透けて向こうが見える。向こうが透けて見えたら向こうの宇宙が反射してくる。
そうしたら、この全体の雲が薄れてくるのだ。ないものはないのだ。ないから消すということができる。太陽が反射してくる。これが「神鏡」。太陽の光の前には、雲はできない。
もう苦しんだ自分に戻れない。戻ろうと思っても戻れなくなる。薄いところは濃いものに戻る可能性があるが、完全になくなったら、ないからもう戻れない。
それは、真我に覚醒したら輪廻の世界には戻れなくなるということだ。こちらから満天の夜空を見ている。宇宙の外から見ている「真我の覚醒」とは、どこにでも行ける霊体と仮に見てみる。
そして、霊体のまま宇宙から見ると自分も地球の中のひとつでしかない。地球も人も同じことなのだ。地球もひとつの生命体である。
雲が消えたら自分も含めて客観的になる。あってもなくても客観的。「マジックミラーの法則」とは、物理的にとらえる世界ではなく、究極の客観性なのだ。究極の客観性とは神の視点。


