※今から10年ほど前のスタッフと学長の質疑応答より
学長:神から見たときマクロもミクロもない。神には大きいも小さいもない。大宇宙に浮かぶフィルムとスクリーンの向こうは大宇宙。大宇宙が見える穴をあけてその穴を見てみる。穴から大宇宙が見えたときにフィルムとスクリーンは同時に消える。
その存在を見る。その存在を見たときに消える。神から見たとき邪魔になるものはなにもない。穴から宇宙を見た時。邪魔になるものはない。だから消えていくのだ。邪魔になるものと思っているものも消えていく。
その奥に大宇宙があるという大前提でやっていくのだ。そうすると言葉も変わり動きも変わる。そのように見えてくると大前提もいらなくなる。こちらから見ても素通しで見ることができるようになる。
大前提を越した世界をこちらからみられるようになる。私の本に「飛神」という本がある。今や飛ぶ必要もなくなった。アセンションを飛び越えていきなり神に在(あ)る。
飛ぶ神ではなく「在(ざい)」
神そのもの。こちらからそのまま素通しで相手の神が見える。それが自分に映る。個体のままから見て向こうの神が見える。それが反射してきたときに自分の神が映る。だから、自分の個体からみればいいのだ。なにもしなくてもいい。個体からでいい。個体から見て、向こうの鏡をみた時に、その鏡が実は全体の神なのだ。
それが反射して、向こうの個体を通り越して自分の個体をも通り越し、自分の全体である神に映し出される。それが反射して向こうに行く。そうすると、間にあった邪魔ものが消えていく。最初は乱反射だったが、正反射になるのだ。
乱反射は個体を通すが曲がって見えるのだ。恨んだり憎んだりしているのは乱反射。しかし、だんだん乱反射がなくなる。いずれ乱反射がすっと正反射になるのだ。
例えていうなら雲をカルマとする。雲に気流が混じっているとロケットが振動する。これが乱反射。太陽の光が強くなると、この雲がスーッと薄くなってくる。太陽の光が雲を消してくれる。雲を雨として落としてくれる場合もある。すると青空になる。そしたら、すっと抜ける。
ストレートになったら乱反射もしなくなるのだ。そして、突き抜けて神だけを見る。それが正反射である。だから世界は何もしなくても変わっていくのだ。
みんな神。こっちから神がみえる。そして、神が返ってくる。


