闇は光の存在を嫌う

 

※受講生と学長の質疑応答より

 

質問者:闇は光を嫌う。自分が消されてしまうからとおっしゃっていましたが、そのことについて教えてください。

また、落ち込みだ時に完璧愛ポストをしたら、これで良かったんだと気付く事ができました。それで良いでしょうか?

 

学長:三日月という名前をつけると、三日月なのです。三日月という一人の人物なのだと。これが一番良いのだと、この三日月さんがそう思っている。

これが満月になったら自分の存在が消える訳です。三日月という名前もなくなってしまう。

闇が光の存在を嫌うというのを具体的にいうとそういうことです。

 

かし、光だけでなく、まん丸で完全完璧だという、見えないところもちゃんと影の力としてある。

まん丸なんだと。皆んなまん丸、そう思えた瞬間から不安や心配、悩みや苦しみは消えちゃう。

 

それは、肉体と心の違いです。心は今この瞬間からいくらでも豊かで幸せな気持ちになれるのです。今この瞬間からです。

肉体やいろんな現象はそうはいかない。時間がかかってしまう。心は本当は便利なのです。しかし、皆んな使い方がわからないから不便に使ってしまうのです。

 

質問者:学長が満月で見せてくれて楽になれても、また自分で三日月を出してきて不安がでてくる時があります。繰り返し満月を見るようにすれば良いのですね。

 

学長:それが完璧愛ポストです。こちらで言い切っちゃう。まずいことが起きても「完璧」と言い切る。

何が完璧かを書いておく。完璧が先なのです。完璧というのは、誤解しないでください。完璧の人間というのではありません。

完璧な人間なんかいない。完璧なのです。みんな神として完璧なのです。という前提なのです。

 

だから自分が完璧で最高だとわかならいけど、自分がわからないけど、それをわかっていくのが人生なのです。

やっぱりそうだ、やっぱりそうだと。

 

私が倒れたときに、幸運でもない、強運でもない、神運という名前をつけたのはそういうことです。すべて完璧なのです。

神が、「世界の人の心を救えるお前なのだから、試練を与えるよ」と、その試練も完璧の内なのです。それでいろんな人のお役に立てている。

 

全部完璧という大前提、満月という大前提、太陽という大前提。

全ては太陽。雲を作ったのも太陽だし全部太陽。我々が生きているのも太陽があるから水分を取れるのです。