光在 ~ 2 ~

 

昨日の続きです

 

学長: 神から観る。向こうから観る。絶え間なくそれを繰り返してきたからこそ、こちらからでも見えるようになってきているのだ。

 

カルマが消え、そして神が見えてくる。真我覚醒の中にすべての答えがある。今、新たな脳が開発されているのだ。人間は本能的に真理を知りたいと思っている。学問的に知りたいと思っている。

 

しかし、もうすでに真理の中にいるのだ。真理を表現するには限界がある。言葉には限界があるのだ。言葉は無限にあるのに、言葉の限界があるのだ。

 

あえて言う。人間の能力は無限というが、しかし、それは皆、有限なのである。どうとらえようが関係なく。無限は有限と、そうとることだ。

 

どうとらえようがとらえまいが、有限。無限は有限。有限は有限。もっと正しく言うなら、有限は無限。

 

この宇宙に存在するのは永遠不変の命だけ

大調和だけが在る

光だけが在る

愛だけが在 る

真我生命のエネルギーは愛の実践のみ

人の言動行いは

愛を求める叫びなり

それは今ここに無限に存在するなり

(真我心経より)

 

この言魂の中に、絶対の無限がある。絶対を自覚すると相対は消える。有限は無限。無限は有限。すべて有限。

 

本当の「光在」は、何も変わらない。だから、無限といったときにもう違っている。「光在」は刹那を消していく。すると、消えるものに振り回されなくなるのだ。

 

そうすれば、ぶれなくなってくる。ぶれないということがいちばん大事なことなのだ。

 

 

※今回まで約20回に渡り投稿させて頂きました、約10年前のスタッフと学長の質疑応答の内容は、電子書籍版『真我100巻全集 第20巻』に掲載されています。