光の灯台

 

※セミナーでの学長の講話より

学長:灯台が船を照らそうとする。これが頭の中で、人のためにやることがいいことだと。エゴで自分のことしか考えない人間は、必ず苦しみます。

でも、それはいいことだと思ってやるわけです、自分にとって。そしたら、当然相手もそう思ってますから、エゴ対エゴでぶつかり合うわけです。ぶつかって崩れていく時に苦しむわけです。

 

自分が思ってたものが、エゴ対エゴでぶつかって崩れるわけ。だから「人のためにやりましょう」とやるわけ。だから、いい先達のお教えは、 「人のためにやると幸せになりますよ、陰徳を積みますよ」と。

 

いろんなどこの宗教も、いろんな教えも、 「人のためにやりましょう」と言います。でも、 「人のため、人のため」とやると、足元が真っ暗だと。あちこち人のためって飛んで歩いてる人がいる。

 

足元がガタガタきたときに、これは駄目だということで足元を照らす。今度は人のためにできなくなる。やっぱりエゴになっちゃう。そしたら、 「自分のため、自分のため」になる。

 

「自分のため、自分のため」とやる人に、人は離れていきます。「人のため、人のため」ったら嘘になってきます。

 

「人のため、人のため」ったら嘘になる。「自分のため、自分のため」といったらエゴになる。そうしたら行ったり来たり、行ったり来たりして、その間に人生終わっちゃいます。よく分からないまま人生終わっちゃう。

 

だから、 「人のため、自分のため」じゃなくて、真我はこの灯台が光になるんですよ。灯台そのものが光になる。そうしたら、灯台が光ってますから、自分が一番光って輝いて、一番幸せなわけです。そして、その光は近い順番に行きます。

 

先ほどから話したように、近い順番なんだけど、遠くも近くも時差はないわけ。この真我の光。自分の幸せといったら瞬時に世界中に届く世界がある。そういうことが今、いろいろ起きてるんですよ。いろいろ起きてる。

 

ただ、これはちゃんと気づかなきゃ分からない。それから、偶然で終わっちゃったり。偶然の前に、だいたい気づかない可能性があります。気づかないと、そのまま全部通り過ぎていきます。

 

電波もちゃんとキャッチしなきゃ、映像は映りません。映像が映らないと記憶にも残りません。だから、ちゃんとキャッチするようになりましょうということです。昨日の満月の理論も同じです。

 

ちゃんと、まず意識的にできるようになりましょう。無意識にできるようになるまで、意識的にやりましょうということをやってるんです。