※講座での受講生と学長の質疑応答より
質問者:両親も亡くなり、兄弟も離れ、友人もおらず、私は1人です。闇の世界だと感じています。
学長:あなたが一番いい環境にいます。一番いい環境で、ここに一番参加する権利のある人です。最高です。これはお世辞じゃないです。本当です。ちゃんと説明します。最高の環境。私に言わせると。いいですか?
今「一人ぼっち」と言ったでしょう、それは物理的に、あの人も来て、あの人は去って行って、あの人も去って行った、あの世に行っちゃった、何もかも最悪だとおっしゃった。まさにこの闇の世界を描いたら、いくらでも描ききれない、とかですよね。
私は先ほどから話しても、その闇こそ光だという話をして、闇が最高の光だと。真理の光というか、神の光。こういう太陽の光じゃない、という話もしました。
もしあなたが、ここで言う真我、内なる神の宇宙に目覚めたら、本当の自分に目覚めたら、もう全世界の人を愛する人だと、その辺に歩いてる人も外国人だろうが何人だろうが、全て全て差別がなくなる。
チャンスなのです。友達とか愛する人が近くにいると、そちらがやっぱり優先になるんですよ。それ以外の人となるでしょう?
でも今、それを一挙にひっくり返すことができる。
だから、自分のことをいろいろお世話になった人はありがたい人とかそういう区別ができるでしょ。今、区別をつけなくてもいい環境にいるんです、みんな愛する人。世界中のすべての人、地球上にいるすべての人、あの世にいる人も、ここまでやってきた先祖も含め、全部愛する人。
こういう捉え方できるんですよ。「無一物中無尽蔵」と仏教の言葉にあるんですよ。無一物、何もない。何もないけど、すべてが自分の財産。
私の友達はこの人とこの人、というのは、あとは友達じゃなくなっているのと同じです。
私の友達は、ここにいる全ての人、いやここにいても東京駅で出会いしてる人も日本中の人も、世界中の外人だろうが何人だろうが、全部愛する友人って言って全然構わないんです、そのように生きて全然構わない、誰も迷惑かからない。
少なくとも私はそう生きてます。だから私は、刑務所に入って、刑務所でも講演やったことある、精神病院で講演やったこともあるし。でも全然、私は「あいつらは悪い奴だ」とか「彼らは変な奴だ」とか、そんなこと思ったことないです。
そういう人たちの方が明らかに良い人だなと思える場面がいっぱいありました。だから、自分の裁きは何の裁きなんだ、自分の価値基準は何なんだ。問題、その価値基準が問題だと、だって、この神の世界の価値基準、人間が作った価値基準じゃないわけ。
脳でこの価値基準を決めるけど、その脳を作ったのは誰なんだ、人間を作ったのは誰なんだ。人間はゴキブリ一匹、大腸菌一匹作れない、ゼロから。何もできないその分では。だから、未だに原子爆弾止められないじゃない、悪いの分かってて。


