※学長の講話より
学長:前からある程度知っていたんですけども、スターデリーという方で、全米を震撼させたギャングの話しです。まさに運命転換した人の一人なんですけども、その人の話しをします。
人間は運命を転換できるのか、流れを変えることができるのか、という話しです。
これぐらい極端な極端な人の方が分かりやすいから、これちょっと読ませていただきます。私は3回読みましたが 3回とも涙が出ました。短い話しですこれ実在の人物の話しです。
かつて全米を震撼させ、殺人は言うに及ばず、悪の限りをつくしきった極悪非道のギャングのボス的な人がいました。
ギャングの仲間たちの間でも彼は恐れられていた存在であったといいます。やがて、彼は刑務所に送られますが、二度の脱獄を企てます。
二度目の破獄が失敗した時、彼は地下牢に入れられ、両手を上方に縛り上げられ、足は爪先にさせられて立つという状態で磔にされます。
そして、拷問を何度も受け、縛られた両手は紫色に腫れ上がり、やがて彼の意識は遠のいていきます。気を失っていた時でした。
壁からイエスキリストが現れ、慈愛のまなざしでじっと彼を見つめていました。そのイエスの慈愛に満ちあふれたまなざしに包まれ彼は回心していきます。
やがて、イエスの姿が消えた後に「愛」という文字が大きく現れたといいます。
そしてこの体験をした後、彼の人生は全く変わっていきます。それまでは、同じ獄中にいた囚人たちを扇動し、様々な暴動を起こすリーダーであった彼でありましたけれど、その囚人たちに愛を説き始めたのです。
当然のことながら、周囲の囚人たちの怒りは収まらず、彼に唾を吐きかけたりする者たちもいました。
しかし、しばらくして彼は場所を移動することになります。「ライファー」と呼ばれる老囚人とともに居住することになったのです。そしてこのライファーこそ彼を本格的に神の道へと誘う教育係でありました。
ライファーは彼にいくつかのことを語りかけます。「知識は君の知性を磨くが霊は君の魂を磨くのだ。魂が磨かれれば正しい知識は自ずとそれに導かれるだろう。」「善の他に何も恒久性のあるものはない。」「この世界には愛以外に人生を調節する力はない。愛のない説教は未だかつて一人の魂も救ったことはない。これからも決して救いえないだろう。人類を愛し、抱擁することによってのみ君は君の魂を救うことが出来るのだ。」
老囚人ライファーから様々な教えを受け、これから出獄するとなった前夜にライファーは彼に「スターデリー」という名を彼に与えます。
スターデリーは無学でしかも人生の半分、あるいは半分以上も凶悪ギャングのボス的存在でしたが、ライファーは「真に社会および人類に対して奉仕したいと自発的希望を持ってさえすれば、決して君は法律によって縛られることもないし、社会もまた、君を求めて見いだし今までなかったほどの多くの機会を与えてくれるだろう。」そう言ってスターデリーを励ましました。
やがてスターデリーは自らの人生体験を大きな愛に転化させ、多くの人々に感動と勇気を与え、人々を包み込み救いの道へと導いていきました。
こういう話しです。スターデリーという人は史上最悪な極悪人だったわけです。
ちょっとあればけん銃で人を殺したり、手もつけられないような人だったらしいです。
そういう人でも、私が言う真我という本当の自分がいるわけです。
三層構造でいう真我は全部同じなわけです。これくらい地獄を見た、苦しみからまさにこう、真我が開いたような状態になったということです。
こういうことをしなくても、皆さんの意識の中で、最高の本当の自分と出会えます。
壁の中でイエスキリストを見たというのは、自分の真我を見たということです。自分の中にある本当の自分が出てきた時に、まさにそれが象徴として、そのイエスキリストのようにして出てきたということです。
それは別にイエスキリストか、また仏教的な人だったら仏が出てきたという人もいるかもしれません。
それはどちらでもいいのです。自分の中にある本当の自分、それはいつでもある、いつでもどんな極悪人でもあるわけです。
それを意識的に出す。そしてそれはだれしもが共通して、その心を持っているし、みんなそれを求めているわけです。
お金が欲しい、出世したい、人に認められたい、というのも実は究極の自尊心である真我・・・真我に目覚めたいという究極の本能があるわけです。
その究極の本当の自分として、受け止めればいいわけです。それを意識的に引き出していくということをやっているわけです。
私はもうこのようなぶっとんだ極悪人でも、どんな人でもそういう心があるということは知っていたんです。知っていたから、とにかくそれを証明することだけに、私の生涯をかけたのです。


