たくさんの「我」

 

※学長の講話より

 

学長:真我というのは、ここでいう神です。あなたの神です。そしてこちらはあなたが出会う人の神です。そして、その前に「我」が立ちはだかっています。

自我、我というのが立ちはだかっています。

普通私たちに起る出来事は、この我の世界を見ています。この我の世界で起きる出来事を、一般的にそれが常識とか当たり前とか、そこの世界を見ています。

 

ここでやっているたった一つのことというのは「真我から真我」ということです。「真我と真我」ということです。

この我の中には、たくさんの我があります。先ほど聞いたような表面的な我、それを自分で、本で読んだものとか表面的な我があります。

そして深いところにある我があります。深層心理というずっと深いところにこれが表面的な我だとしたら、深いところにある我があるわけで、ずっと深いところに先祖代々から来るものに、自分でもわからない我があるのです。

 

自分でもわからない。だから自分でもわからない我ですから、自分で自分をどうする事も出来ないということがあるのではないですか。

恨んではいけないとわかっていても、そういう心が出てくる。思いも寄らないところで、恐怖感を持って心配したり突然怒ってしまったり、自分で自分のことがどうにもできない部分。

 

そのわからない自分があるわけで、自分のことが。それはずっと先祖からまたは前世から来た深い深いところにいる自分。相手もそういうわけで、その意味で人はみんな人間関係とかいろいろなことで苦労するわけです。

 

仮にずっと深いところで、これらがセットになって自分なわけです。

 

これが真我だとしたら、これは偽我です。偽の我といっています。偽の我、本当の自分。これはいろいろな層に分かれているけども、すべて偽の我です。

本当の自分ではない自分がある。

そういうことで、この真我に、神に一番近い我(われ)というのが、自分の父母、先祖の我(われ)です。

 

真我に目覚めたらその一番近い父母先祖の愛に近いですから、そこに反応するわけです。表面的な我はあまり反応しないのです。この深い自分をやっていくと、まさに一番神に近い愛が出てくるわけです。

 

そこからしか見えない世界があるのです。そこが反応したわけです。ここに焦点を当てていたら、この一番深い神の愛が出てきたということです。

そして一番的確な言葉を出す。これが人間関係の一番大事なところなのです。この心はまさに百発百中の世界なのです。