※学長の講話より
学長:日本も昔はずっと戦争をしていましたね。あれは正義で戦争をしたのです。
自分が正しい、そうするとイコール相手が間違っている。
「けしからん、やっつけてやれ」と。「あの土地は私の土地のはずだ、いやこっちも私の土地のはずだ」。宗教戦争などトップクラスに多いです。
全部正義でしょう。
先ほどの、ある女性経営者の会社ですが、売上げをこうやって上げて、儲けて従業員もいかしてやる。それは正義だと。でも彼女は何か知らないけど、形として癌になった。それは形だけの部分が作った。
例えば、何か芸術家が芸術的なものを作ったとしても、そのものはできたけれど、例えば、その人の中に蝕(むしば)んでいる心とか、それが病魔とか、それはほとんど関係なくて、こちらに作るものを良いものを作ろうとする。でもそれが邪魔をしていた。
当然これが正義だということで、息子さんにも教育してた。でもその彼女の息子さんは引きこもりだったのです。2人のうち1人は引きこもりだったのです。ずっと家から出られない。彼女は離婚もしています。
だから、それはやっぱり正義から行くわけ。「私が正しい、私が正しい」と言った瞬間、「あなたは間違っている、あなたは間違っている」って言っているのと変わらないわけ。
そこで、「もしかしたら私が間違っているかもしれない」とお互いに思ったらどうなると思いますか。
こちらも「いや、私こそ間違っているかもしれません」と。
お互いに「そう間違っていたかもしれない。間違っていたかもしれない」と。戦争になりますか?
実は、この正義の価値観こそ一番の難敵なのです。だから正義の価値観のゴミ箱というのを作りました。両方ともゴミです。ネガティブ的なものもゴミ、ポジティブだと思っていることもゴミです。


