※学長の講話より
学長:「無一物中無尽蔵」という言葉あるでしょう。自分がこれが大事だと思って握りしめていたら、もうそれしか手で持てない。
全部手放して、全部捨てて、良いことも悪いことも捨てた瞬間に、全てが手に入る。私の友人はこの人たちだけだって、他の人は友人じゃない。
全部一回手放したら、私の友人はここにいる人は全部の人、いや全人類全部友人って言ったっていいのです。
嫌なことを思い出し、それをもう捨てたときに全部が手に入る。今度は許す心が出てくる、愛する心が出てくる。それを握っている限り、どうしてもそのメガネで見ちゃうから、そのメガネを外した時にサーッと全部見えるわけ。そういうことなのです。
今、メガネを外す作業をやっているのです。今まで見ていたメガネを、これが私の人生を邪魔しているんだ、これから先も邪魔をするんだ。そういう意味です。
今こうやって皆んなの前で言ったことも本当の本音じゃないはずなのです。その奥にもっと本音があるのです。本音の奥にある本音。
不満を持つというのは、その奥に愛してもらいたい、分かってほしいから、だから不満を持つのです。だから不満が一番の本音じゃないのです。
その奥に本音があるわけ、その奥にある本音。それが本当に出ていけば、その不満も消えていくのです。消えていく。
でも、その不満とか色々なネガティブの上に、人工の金メッキを張っているわけです。それが建前なのです。


