※セミナーでの学長の講話より
学長:この間テレビでやってましたけど、ニュートリノは、素粒子の中に陽子があるでしょ。 あれが地球大だとしたら、ニュートリノは米粒大だと。それぐらいのミクロの世界だということ。
今ここにもニュートリノだらけらしいですね。体も全部通す。地球も全部通していく。それに質量があるっていうことの発明からノーベル賞をもらった。あらゆるものを全部通していく。
それぐらい究極のミクロの世界でも、それでも人間が発見した、ある一過程に過ぎないわけです。 ニュートリノをさらに何億分の 1 にしたらどうなるのか。
それもまさに無限大の世界にあります。そのニュートリノをさらに何億分の 1 という無限大。
でも、それは有限なんです。何億分の 1 というふうに数字で測れるものは。
私が言う「満月」というのは、私が言う「神」というのは、それではないのです。 そういう現れた姿じゃない。実相そのものです。実相そのものと、それが現れた姿とは違うわけ。
その現れた姿は、あらゆるものに変容します。ましてや私たちのこの脳を通して。全てが脳の物語です。
この目で見て、この皮膚で触って、この耳で聞いて、初めてそのものが存在してきます。私もこうやって左半身まひになったから、よく分かるんです。
全部これは足でもないし、手でもない。これは全部脳だってことが分かります。全て脳の物語。
あなたが物事を捉えた、見た過去。あなたが見た今。これから見るであろう未来。 全部この脳の中の物語です。あなたが幸せを感じるのも、不幸を感じるのも、好きな人だ、嫌いな人だって、全部この脳の中の物語です。
あなたの運命も。素晴らしい運命、最低の運命。全部脳の物語です。
病気になるのも、がんになるのも、全部この中の物語です。脳の中にある物語です。 その脳の中の物語だから、その物語の中で、何か解決しようと思っても、その物語の中なわけです。
先ほど泥沼の話、泥沼の中で一生懸命解決しても、やっぱりそこは泥沼なんです。 フィルムのそういうのがある限りは、その中で解決してもやっぱりフィルムの中なんです。 地獄のような物語の中でいいと思っても、やはりそれも地獄なんです。
ゆえに、それはこのフィルムとスクリーンですから、円の満月という捉え方ができるようになった時に、それは全部書き換わるわけ、自由に。 三日月に見えるのも自分の目ですから。
望遠鏡があるでしょう? 例えば、お月さんは真ん丸なんだけど、近くから見たのと遠くから見たら、違って見えるわけ。 ずうっと目の前で見るのと、ずうっと遠くから見るのは違うでしょう?
それも全部、遠近感もこの脳の中の物語なわけです。脳の中の物語だから、逆にそれを制覇したら、何でもできちゃうってことです。 それを制覇したら何でもできちゃう。自由自在に何でもできちゃう。
どんな人生にも変えることができるっていうこと。
だから、どこへ打ってもホールインワン。
全然OK。何をやっても大成功。全然OKなんです。自由自在になっちゃうわけ。 そういうことですよ、皆さん。自由自在なんですよ、運命は。


