※受講生と学長の質疑応答より
質問者:息子の病のことで悩んでいます。家系的にも母性愛が強すぎるというか、母原病や愛着障害とか、いろいろ原因はあると思うんですけども。
自分の母親と私もつながりがいまだにすごい強いし、それが母の形を変えた満月なんだなと、頭では愛を感じています。
私が息子に思うこともそれと同じで、形では不器用だけども、自分の中の愛というのもすごく感じてはいますが、完全には腑に落ちていない感じがあります。
満月だという大前提で接する、そこだろうなと思うんですけど、どうしたらいいでしょうか?
学長:落ちないというのは、意識してもそうならないわけですか。できないんですか。どうしてですか?
質問者:怖さや不安があるのかもしれません。
学長:例えば、赤ちゃんを抱いてるでしょう? 手をちゃんと押さえてなきゃ、手を放したら、落ちて死んじゃうでしょう? そうような感じです。
本当はもう立てるのに、本当は歩けるのに、本当は逆にお母さんを抱っこできるぐらいの力があるのに。いつまでも抱っこしてていいんでしょうか。よくない。
それがご自身の一番の難関なわけです。その難関を気づかせる今、そういう部分を息子が教えてくれてるわけです。
息子が自分の先生なわけです。まだ息子が教えてくれてる、先生の言うことをちゃんと聞けれないわけです。
まだ母親の愛から脱却できないわけです。もし、脱却できる方法があるとしたら、それに勝るものの価値がはっきり明確になったときに、それを手放すことができます。
ずっと愛着することによって、子供は、親がそのように子供に愛着するように、親も同じようにお互いに愛着し合うわけです。しがみついてるわけ。
そこのところが、そこからちゃんと卒業できたときに解決すると思います。ちゃんと教えてくれる先生です。
そのことが明確にできるようになったときに、多くの人たちをその問題から解決できる。自分がやっぱりそういうことを体験させられてるわけです。ありがたい体験なわけです。いろいろと体験させられてるように。
その問題がいろんなうつ病から統合失調症から、いろんなものの原点だってことが、はっきり明確に私の中には見えてきたんです。
そのものズバリを今体験させられてるわけ。そのものズバリ。そのものズバリだから、より広い範囲になると思います。ぜひ、それを早く抜けましょう。
でも、今体験させられてるんだから、その体験もよきことですから。でも、抜けた時に、その体験を見た時と、今その真っただ中にいる時とは違います。抜けた時に見える世界があるんです。もう一息です。私にはもう一息に見えます。ありがとうございました。


