生命の悟り

 

※瞑想講座での学長の講話より

 

学長:真理はどこまで行ってもシンプルです。

 

手間がかかる、時間が掛かる、苦労しなきゃいけないというのは、それは精神的悟りであって、生命の悟りではないということです。

精神的悟りと生命の悟りというのは、そういうふうに捉えています。

 

精神的悟りは修行したり、千日回峰をやったり、もう足が痛い思いをしながら座禅をしたり、いろんなことをして、苦労して苦労して。それは精神的な悟り。

 

生命の悟り、いのちの悟りっていうのは、一切そういうものはいらない世界です。私たちの生命、いのちというのは、そういう苦労して動かすものではない。

もともと、完全であると。もともと完璧であり、完全であり、

全部私たちは最初から備わっている。最初からそのように出来ている。ですから、それを悟ることである。

 

だから、今、ここに居ながら、この場に居ながら、すでにみなさんは悟っているのです。

その悟っていることを自覚していくことです。悟っていることを、わからない人がほとんどです。もう最初から悟っている。悟っている自分がいる。それを真我という。悟っている自分がいる。

 

しかし、悟ってない自分で生活をしているということなのです。ですから、その悟っている自分にポンと入ればいいだけです。

 

もともと完璧で、もともと神なる自分、完全なる自分、愛である自分。その完全なる素晴らしい自分は、もともとみなさんの中にもう完璧に備わっています。そのことに自覚し、そしてそれを喜びに変えていくということです。

 

今までの真我開発講座はほとんど、「動」からきています。動きから悟りを得ていこうというのが中心でやっていく。

 

今度は、「静」からこの真我を体得していただくということです。

 

静と動で上手く使い分けて、みなさんの真我を、日常の中で、実践の中で、完全に本当の自分というものを、日常生活の中に活かして頂きたいと思います。

是非、私の言わんとしている意味をなるべく深く、深く捉えるようにしてください。