学長とは、いったい何者なのだろうか。
私は学長のすぐそばで10年以上お仕事をさせていただきながら、今でも時折、そんなことを考えます。
現在、学長の肩書きとして使われているのは、「心の学校グループ創始者」「心の専門家」、そして「真我の覚者」などです。
もちろん、どれも間違いではありません。けれども、私の中では、どの言葉も学長という存在を表すには、どうしても小さすぎるように感じてしまうのです。
「心の専門家」
確かにそうなのですが、学長が見ておられるのは、人間の心という枠をはるかに超えた、宇宙のあらゆるものの本質そのものだからです。
もちろん、物理学や科学のあらゆる知識を持っているという意味ではありません。物事の奥にある真実、人間の本質、人生の本質、そして宇宙の本質。そのすべてを見通しておられるからです。
現在も学長のコンサルティングにはお申し込みが殺到し、長蛇の列ができています。学長のコンサルティングは、心理学による分析でもなければ、いわゆる霊能力によるものでもありません。
けれども、どのような問題を抱えた方が来られても、学長にはその場で問題の本質と解決への道筋が見えておられるのです。
また、学長が意識を向けられただけで、まるで見えない何かが動き出したかのように、現実が大きく変わっていくことも多々あります。
私たちスタッフは、これまで一体どれほどの信じられないような出来事を目の当たりにしてきたことでしょう。
一昔前の全盲だったご高齢の方が、目が見えるようになったという出来事は有名ですが、学長と握手をした後、血糖値が急激に下がり、糖尿病が治った方。
足がパンパンに腫れ上がり、松葉杖をついて来られた女性が、学長とお話しされた後には、腫れも痛みもすっかり消えたと驚かれ、松葉杖を手に持って歩いて帰られたこと。
原因不明の腰の痛みに苦しんでいた方が、学長とのやり取りの中で、一瞬にして痛みが消えたこと。枚挙にいとまがありません。
もちろん、こうした体験は医学的な治療効果が証明されたという意味ではありません。
それでも、実際にその場に居合わせた私たちにとっては、到底忘れることのできない、驚きと感動に満ちた出来事ばかりなのです。
しかし、学長の本当の凄さは、実はこうした直接学長が起こした奇跡的な出来事だけではなく、どんな人も真我に目覚めさせて奇跡を起こさせるということではないかと思います。
頭で理解させるのではなく、その人自身が真我を体感し、自らの内側にある本当の自分に出会って人生そのものが大きく変わっていく。そして、真我に目覚めた人が、今度は他の人の真我を引き出す側になれる。
これこそが、私には古今東西、類を見ない凄さに思えてならないのです。
悟りを開いた特別な人が、悩める人を救う。それはそれで素晴らしいことかもしれませんが、学長がされているのはそういうことではないのです。
全ての人は神。学長がされているのは、その神を引き出す一点なのです。そのことを理論として説くだけではなく、実際に誰もが体験できる道を切り開かれた。
私は、ここにこそ、学長の途方もない偉大さに感じます。では、そんな学長の肩書きは、、、と考えると、
「宇宙の仙人」
「奇跡を巻き起こす覚者」
「人を神に目覚めさせる達人」
思いつく限りの言葉を並べてみても、どこか物足りません。どんなに壮大な表現を使っても、学長の本当の凄さには到底届かない気がします。
もしかしたら、学長という存在は、そもそも肩書きで表せるものではないのかもしれません。
学長の本当の凄さを表す言葉。私は、まだその答えを見つけられずにいますが、一つだけ確かなことがあります。
それは、学長のそばでお仕事をさせていただく年月が長くなればなるほど、その凄さがわかるどころか、ますます計り知れなくなっていくということです。
知れば知るほど、底が見えない。それが、今の私にとっての学長です。

