今から10年以上前のこと、「真我留学」という言葉が受講生の皆さんの間で使われていた時期がありました。まだ八重洲に事務所があった頃です。
『ある期間、学長のもとで徹底的に真我を追究させてください』
そう言って、地方から東京に来られる受講生の方が何人もいらっしゃいました。
ほとんどが女性で、数週間から数か月、ご主人やご家族の理解を得て、まるで“逆単身赴任”のように東京で生活しながら真我を追究されていました。
そして、つい先日のことです。
ある80代の女性が地方から真我ビルを訪れ、学長にご挨拶をされました。(ご本人より掲載の許可をいただいています)
実はその方も、つい数か月前まで真我ビルの近くにマンションを借り、2年以上にわたって、まさに「真我留学」をされていた方でした。
もちろん定期的に地方のご自宅へも帰られていましたが、学長のイベントにはほぼすべて参加され、それだけではありません。
日々、真我ビルのお掃除までボランティアでしてくださっていたのです。
その方が学長にご挨拶された時に話されたことに、私は大変驚きました。
門前仲町のマンションを引き払い、地方のご自宅へ戻ってみると、それまでさまざまな問題を抱えていたご家族が大きく変わり、家族全体が本当に一つになって大調和していたというのです!
そして、娘さんの統合失調症も「見事に完治しました」と、涙を浮かべながら学長に感謝を伝えられていました。
その方は若い頃から、ご自身の心をどうにかしたいという思いで、宗教や成功哲学など、ありとあらゆるものを追究してこられたそうです。
そして、ついに真我と出会い、
「これだ!」とわかったのだそうです。
学長はその方に、「まさに陰徳を積まれたのです」とおっしゃいました。そして、ご家族が大調和し、一つになっていったことについて、
「これこそ真我の実践なのです」とお話しされました。
本当の自分、真我の本当の価値がわかり、その価値がわかったところから動かされる行動。それが真我の実践なのだと。そのようなお話を学長はされました。
すべては自分。
自分一人の世界。
真我の価値がわかればわかるほど、自分の中で真我がより大きくなっていく。
今、「チラシ隊」をはじめ、「佐藤康行の分身1000人プロジェクト」に登録されている皆さんも、誰かに命令されてやらされているのではありません。
真我の価値がわかり、この素晴らしさを伝えたいという思いから、それぞれが“佐藤康行の分身”となり、さまざまな形で発信されています。
以前、ある宗教を長年追究した後に真我に出会われた方が、こんなことを話されていました。宗教団体にいた頃も、人に伝えたり、チラシを配ったりしていたそうです。
表面的な「行動」だけを見れば、同じように見えるかもしれません。しかし、ご本人にとっては、
「まったく真逆です」とのことでした。
以前は、上から言われてやらされているという感覚で、心も体も疲れ果ててしまった。
ところが真我のチラシ配りは、自分からやりたいと思ってやっている。
チラシを配りながら、昨日までできなかったことをやり、自分の壁を破りながら、自分自身の成長に感動し、真我によって自分の次元が上がっていく喜びを感じる。
さらに、その体験を仲間と分かち合うことができる。
「こんな経験は、ほかのどこにもありません」と話されていました。まさに、似て非なるものなのだと思います。
10年以上前、受講生の方々が自ら名づけた「真我留学」も、同じではないでしょうか。
誰かに命令されたわけでもありません。
何かを強制されたわけでもありません。
「もっと真我を追究したい」
「もっと本当の自分を極めたい」
その価値がわかったからこそ、自ら東京に住み、学長のもとで徹底的に追究する。
そして、その追究は自分一人だけのものではなく、やがて家族や周囲の人たち、そして現実の世界にまで現れていく。
本当の最高の自分に焦点を当て続けることで、自分が変わり、周りが変わり、現実までもが変わっていく。
それを実際の人生を通して体験できること。
そこに、何ものにも代えがたい真我の価値があるのだと、今回改めて感じさせていただきました。
「真我の価値がわかること」それが最も大切だと学長は常々言われます。
そして本当に価値がわかったとき、人は言われなくても動き出す。学長はよく『雨後の筍』と表現されますが、その自然に湧き上がる行動こそが本物なのだと思います。

